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東京高等裁判所 平成4年(ネ)1625号 判決

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

理由

一  請求原因事実はすべて当事者間に争いがない。

二  そこで、控訴人らの抗弁について判断する。

1  本件規約によれば、控訴人持株会の会員は自己の有する持分を控訴人持株会以外の者には譲渡することができず(六条一項)、会員が死亡したとき又は会員資格を喪失したときはその持分は当然に控訴人持株会に移転し(同条二項)、その場合の一株に相当する持分の買取価額は配当還元方式により定め、右方式による価額が額面金額に満たないときは額面金額による(同条三項)ものとされていること、右規約の定めが本件契約の内容となつていることは、当事者間に争いがない。

2  証拠(甲四、六、七・八の各1、2、乙一ないし五、七、原審証人米田徹丸、当審証人小林秀治郎、原審における被控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一)  控訴人会社(旧商号青星ソース工業株式会社)は、ソース、ケチャップその他調味料の製造等を目的とし、発行済株式総数一万四〇〇〇株(一株の金額五〇〇円)、資本金七〇〇万円の株式会社であつたが、昭和四三年に都内の中小ソース製造業者一一社が集約化した際にその中核会社となり、同年中に三回の増資を行い、合計八万六〇〇〇株の新株発行を行い、右株式を集約化に参加した業者にそれぞれ営業実績等に応じて配分して割り当て、各業者は株主として資本参加し、その結果控訴人会社の発行済株式総数は一〇万株、資本金は五〇〇〇万円となつた。控訴人会社は昭和四四年一月一日に現商号に改め、昭和四五年三月にも二万五〇〇〇株の新株発行を行い、発行済株式総数は一二万五〇〇〇株、資本金は六二五〇万円となつた。また、昭和六二年四月五日には株式の譲渡につき取締役会の承認を要する旨の定めを設けた。

(二)  被控訴人は有限会社第一関東ソース興業所(以下「第一関東ソース」という。)の代表取締役であつたが、右(一)の集約化に参加し、控訴人会社の増資に際し約五〇〇万円を出資し、第一関東ソースの従業員と共に控訴人会社に入社し、入社時から昭和六〇年二月二五日までは取締役も務め、控訴人持株会が設立されるまでの間に、控訴人会社の株式を一株五〇〇円の額面金額と同額の対価で、被控訴人本人の名義により二〇〇〇株、第一関東ソースの名義を用いて一万二三七〇株取得しており、控訴人会社の代表取締役井草政吉に次ぐ大株主であつた。

(三)  控訴人会社の株式は元来流通性のあるものではなかつたから、かねてから、会社の株式を有していた定年退職者や死亡した従業員の家族等がその売却を希望しても買受人を見つけるのに難渋していたという事情があつたが、控訴人会社では、昭和六二年四月ごろ、控訴人会社の従業員が会社の株式を取得する道を広げてその労働意欲を高めるとともに、控訴人会社の株式が会社関係者以外の者に移転することを防止し、あわせて控訴人会社の株主のために株式の譲渡先を確保して投下資本の回収を保障する等の目的の下に、控訴人会社の代表取締役、役員等の発案により従業員持株制度を導入することとなつた。そして、控訴人会社の代表取締役や総務、経理の事務担当者らが本件規約を作成し、従業員の中から経理責任者の五十嵐隆一郎、工藤和弘及び米田徹丸が設立企画委員となつて、右規約、設立趣意書及び入会申込書を控訴人会社の従業員に配付して控訴人持株会への入会を呼びかけた。控訴人会社では、それまでに従業員中被控訴人を含む三二名が控訴人会社の株式を被控訴人と同様に額面金額で取得しており、その有する株式数の合計は五万〇二二〇株となつていたが、控訴人持株会の設立は、控訴人会社の株式につき投下資本の回収を容易にするものとして従業員の多くから歓迎され、右三二名の全員が控訴人持株会に入会した。

(四)  被控訴人は、昭和六二年四月ごろ控訴人持株会設立の企画を知り、同月一〇日控訴人会社に対し、第一関東ソースの代表取締役として、第一関東ソース名義となつていた控訴人会社株式一万二三七〇株について、被控訴人が実質上の所有者であることを理由に被控訴人への名義の変更を求め、その手続を経た上、同月二七日、従前から被控訴人名義であつた二〇〇〇株と併せて被控訴人の有する全株式一万四三七〇株をもつて、本件規約を承認して控訴人持株会に入会する旨の申込書を前記五十嵐ら設立企画委員に提出し、同年五月一日控訴人持株会の設立とともに同持株会と被控訴人との間に本件契約が成立し、被控訴人は本件株式を控訴人持株会の理事長に管理のため信託した(本件規約五条一項)。そして、本件株券は、本件規約の定めに従い、被控訴人から控訴人持株会理事長を通じて控訴人会社に預託され、控訴人会社から被控訴人宛にその預り証が発行された。

(五)  本件規約の三条によれば、控訴人持株会の会員資格は、控訴人会社及びその関連会社の社員、役員及びその家族とされるが、控訴人会社の代表権を有する者及びその同族関係者と控訴人会社の株式を一五パーセント以上所有するグループの構成員は除外する旨定められている。右一五パーセントの株式所有グループの構成員が会員資格を有しないとされたのは、控訴人持株会が従業員の福祉等を目的とする任意団体であることから特定の者の支配を受けるようになるのは好ましくないと考えられたほか、会社の株式の一五パーセント以上を所有するグループに属する株主については相続税法上株式の価額の評価につき配当還元方式の適用が制限されるとの税理士の助言があつたことによるものであつた。

そして、右規約三条は、控訴人会社の従業員等の会員資格を有する者は控訴人持株会の規約を承認の上、役員会に加入を申請し、入会しなければならないものと定めている。

(六)  控訴人持株会は、その後会員の希望に即して持株数を増やし会の規模を拡大するため、昭和六二年七月一〇日に控訴人会社の関連会社が有していた一万七六〇〇株、同年一二月二一日に控訴人会社の代表取締役井草政吉が有していた一万三四六〇株の控訴人会社株式をいずれも額面金額で譲り受け、それぞれの取得株式につき一株分の持分の対価を五〇〇円として控訴人会社従業員の中から右株式に対する持分の取得を希望する者を募集し、その結果、新たに一五名の従業員が入会した。なお、被控訴人は右のいずれの場合にも持分の取得を希望しなかつた。

(七)  前記1のとおり、本件規約では控訴人持株会の会員が死亡し又は会員資格を喪失した場合にはその持分を配当還元方式により算定した価額(ただし、一株相当の持分の最低価額は額面金額)で控訴人持株会が買い受けることとされているが(六条二項、三項)、控訴人会社では従来年間一株につき五〇円の利益配当を行つてきている(会員は自己の持分に相応する配当金を控訴人持株会から受領する(本件規約五条四項)。)ので、結局、配当還元方式で算定した買受価額は額面金額と同額の五〇〇円となる。控訴人持株会では、これまでに被控訴人のほか五十嵐隆一郎ら六名が死亡し又は退社により会員資格を失い、右六名の有する持分につき一株相当分の価額を五〇〇円として控訴人持株会への譲渡の手続が行われたが、これについて不満を述べる者はなかつた。そして、本件規約七条においては、控訴人持株会は会員資格喪失者等から買い受けた持分を速やかに買受価額と同額で会員に譲渡しなければならないとされており、同持株会が買い受けた持分は、再びその会員中の希望者に同額で分配された。

(八)  被控訴人は前記のとおり平成元年二月二八日に控訴人会社を退職し、控訴人持株会の会員資格を喪失したため、同持株会から被控訴人に対し、同年三月二日付けで、被控訴人の持分は一株相当分五〇〇円合計七一八万五〇〇〇円の対価で同控訴人に移転した旨の通知がなされた。

被控訴人は、原審における本件尋問において、控訴人持株会との間で本件契約を締結する前には設立趣意書及び本件規約は被控訴人に配付されておらず、その内容を承知していなかつた旨供述し、甲第六号証中にも同趣旨の記載があるが、右供述は原審証人米田徹丸、当審証人小林秀治郎の各証言に照らし採用できない。

3  被控訴人は、本件契約は控訴人会社の従業員に対し控訴人持株会への入会を強制する本件規約三条に従い強制的に締結されたものである旨主張する。しかし、右三条の規定の内容は前記2の(五)のとおりであり、同規定は控訴人持株会の会員資格を有する者が入会しようとする場合に執らなければならない手続を定めたものであつて、右会員資格を有する者は必ず入会しなければならない旨を定めたものではなく、控訴人会社の従業員に対し控訴人持株会への入会を強制する趣旨の規定ではないと解すべきものと認められる。

そして、前記2の事実によれば、被控訴人は、控訴人持株会設立の趣旨及び本件規約の内容を承知した上、自らの意思により同持株会に入会することとし、本件契約を締結したものというべきである。しかも、本件契約は、控訴人会社内の任意団体たる控訴人持株会と被控訴人との間に交わされたものであつて、商法の規定の適用が直接問題となる場合ではない上、本件全証拠によつても、控訴人会社が商法の規定の適用を回避するため、控訴人持株会を設立しこれを控訴人会社従業員との間に介在させたというような特段の事情は認められず、また、その内容において、被控訴人の持分の譲渡先を制限し、控訴人持株会による買受価額が前記のように定められているとしても、控訴人会社の株式については元来自由な取引及び価額形成の市場があるわけではないこと、控訴人会社の従業員に対し取得の機会に恵まれない同会社の株式を控訴人持株会の保有株式に対する持分の形で取得する機会を与えるため、会員資格を喪失した者等からその持分の回収を図るということは特に不相当とはいえないこと、控訴人会社では毎年株式の額面金額の一割の利益配当を行つてきており、被控訴人は控訴人持株会からこれを受領している上、本件株式を額面金額で取得しているのであるから、右利益配当は被控訴人の投下資本に対する配当として相当の水準のものとなつていることなどを併せ考慮すると、本件契約が被控訴人主張のように被控訴人の利益を不当に侵害し民法九〇条に違反する無効のものとはいえないというべきである。

そうすると、被控訴人は、控訴人持株会との間で本件契約を締結して本件株式を同持株会の理事長に信託したことにより、本件株式を失つたものというべきであるから、被控訴人の控訴人らに対する本訴請求は理由がない。

三  以上の次第で、被控訴人の本訴請求をいずれも認容した原判決は失当であり、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消して右請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 菊池信男 裁判官 吉崎直弥 裁判官 大谷禎男)

《当事者》

控訴人 ユニオンソース株式会社社員持株会

右代表者理事 森下要一郎 〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 松林詔八

被控訴人 五十嵐冨士雄

右訴訟代理人弁護士 久保田敏夫

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